希土色の刻

KidocolorOhmichi's Reminiscences

亀頭白ノ助がいた景色

殿がセピア以降で増え始めたメンバーを集め“浅草キッドブラザース”と名付け、強制的に浅草行きを命じた中に亀頭白ノ助という男がいた。

当時のメモを読むと「亀頭白ノ助」「エイヘイサイク」「ソークメナオ」ともなっており「どれか選べ」といった状況で殿自身も誰に何と名づけたかも覚えてないーーそんな有り様だった。

彼は太田プロそばの中華屋「小次郎」でバイトをしながら、弟子入りの機会をうかがっていたのだった。

痩せてヒョロヒョロ。殿の足にすがりつき半分泣きながら、弟子入志願を訴えた姿を今も覚えている。

結局亀頭白ノ助は浅草には行かず、自分なりに活動を模索。彼は田舎の人間で人懐っこく、俺には近況報告を都度してくれていたのだった。

新人コント大会関連の友人も出来、渋谷道頓堀劇場で幕間のコントをやっている奴らと特に仲良くなっていた。そこで当時専属でコントをやっていた杉兵助師匠の存在を知る。

杉兵助ーー浅草生まれの浅草育ち。深見師匠より7つ年上で、浅草が時代から取り残され、とうの昔にTVの時代になってもコント(軽演劇)を教えていた。コント赤信号の師とも言われている。

亀頭は生のコントを観て相当衝撃があったらしく「大道さん俺、杉兵助師匠の所に行きます。凄いんですよ感動しました!」と言った調子で、その魅力を興奮しながら語るのだった。

「そうか、よかったな。じゃあ殿に挨拶するだろ?」

「それを頼みに来たんです」

そんなやり取りをする俺も彼の行動に心は揺れていた。

彼の行動はまことに正しいと感じていたからだ。

TV局の楽屋、休憩時間の合間に場を作った。亀頭は勢い込んで杉兵助師匠の「魅力」と「なぜそこに行くのか」を語りはじめた。

悪気はない。素朴な彼は殿を眼前に、ザックリ言えば「あなたではなく、もっといい師匠がいたのでそちらに行きます」と語っている訳で、殿の心中はいかばかりかと臨席した俺は思った。

案の定、直後収録の番組では「亀頭白ノ助は歯のない杉兵助師匠のところへ行きました!」と全く流れに無関係で唐突にそんなエピソードを挿し入れていたーーやはり多少なりともショックだったのだろう。

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ーー2、3年ほど経ち、俺も殿の許を離れ環境も落ち着いた頃、不意に彼の事を思い出し、渋谷に行ったついでに道頓堀劇場を訪ねた。同じような立場になったし、一緒にメシでも食いたいと思っていたのだ。

しかし対応に出た女性スタッフ(芸人志望だろう)に彼の名を告げたが、覚えがなかった。

「ここは人の出入りが激しいので、1年も経つと入れ替わっちゃうんですよ」

そう申し訳なさそうに答えた。

 

ーー現在芸名にしても実名にしても彼の噂を聞く事はない。もしかすると他の軍団は知っているのかもしれないが、少なくとも俺は知らない。

何れにせよ自分で考え、選択して行動を踏まえた彼に後悔はないのではと信じたい。

殿は自主的な人間を好む。

頼りにし傍に寄ってくる人間を拒みはしないが同時に「こいつらしょうがねえなあ」とも思って面倒をみている。但し信用はしない。談志師匠の言葉なら「人間の業」を引き受ける覚悟がある。

例え面倒をみてくれるからと言って、弟子には弟子の「本分」がある。

師匠の許を離れ、自分の名前だけで他流試合を重ね力を試さねばならない。ダメならそれまでだ。落語のようなセーフティネットはないのだ。

洋七師匠の言葉を借りれば

「たけしが言うとったぞ、自分の考えを持ってるのは大道だけやって」

照れる話だが、これは俺が特別なのではなく、他のメンバーがいかに節操なく「ビートたけし頼み」で生きているかの裏返しと思う。常に上司の機嫌をとって給金をもらうーー俺は「それじゃあサラリーマンと同じだろうよ」って思う。

 

ところで、なぜ亀頭の事を急に思い出したのか思考を手繰ったが、渋谷OS劇場が閉店しカフェにリノベした報道を見たからだった。