希土色の刻

KidocolorOhmichi's Reminiscences

2016/1/10デヴィッド・ボウイ死去〜個人的な想いを寄せて〜

amass.jp/11

誰しも様々な縁やキッカケを重ねながら人生を歩んでいる。

自分もそれは同様で単純ではなかった。

小学校時代からロックに傾倒した自分は“Ziggy & Iggy”の頃からデヴィッド・ボウイが好きだった。

そしてビートたけしへの念いを胸に上京した1984年には下記の要素が密接に絡み合っていた。

  1. 「東京ロッカーズ」で中心的存在、MOMOYO率いるLIZARDの「浅草六区(バビロン・ロッカー)」ビートたけしの「浅草」との符号。
  2. 当初音楽の道を志していた同級生の事故死(彼が音楽仲間では一番親しかった)
  3. デヴィッド・ボウイのアルバム「Diamond Dogs」から9曲目“1984”の存在。

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3.のアルバム「Diamond Dogs」はジョージ・オーウェルの小説『1984』にインスパイアされている。

読んだ方もいると思うが、要は社会主義国家の究極「管理社会」への警鐘である。

そんな自分の政治的意識の下敷きには、先に挙げたMOMOYOさんの強い影響がある。そもそもブリティッシュロックも政治的なメッセージが強い。

パンクムーブメントもゴリゴリに政治的なメッセージに溢れている。

MOMOYOさんはストラングラーズのJJバーネルに見いだされたが、MOMOYOさん自身も水俣病を訴えた「SA・KA・NA」というミニアルバムを自主制作(メジャーリリースは金儲けに繋がるため)でリリースするなど、社会問題を楽曲に込めるアプローチを続けていた。

このLIZARDを俺に紹介してくれたのが事故死した2.の友人だった。

これらの要素が「必然」として絡み合った上で、最後に「管理社会」へ警鐘を鳴らすボウイの“1984”に自分の中の「何か」がキリキリと反応し行動を起こさせた気がする。


David Bowie - 1984

また数奇な点としてボウイは、1983年に『戦場のメリークリスマス』でビートたけしと共演を果たしているが、この2人の誕生日は1947年1月8日と1947年1月18日と、10日違いの同年齢だったのだ。

しかしそれを2人が認知しているかは分からない。

ボウイは結局自分の69回目の誕生日まで頑張ったと言うことだろうか。

ーーボウイはその耽美的印象に反し、以外と政治的作品の関わりがある。

上記作品の他に1986年の冷戦下、核戦争の脅威を訴えた英作家レイモンド・ブリッグズ作マンガの映画化作品『風が吹くとき』の主題歌も自ら参加している。


David Bowie When the wind blows

冷戦は終結したが、核の脅威は今日まで続いており、この曲に込められたメッセージは今もなお説得力を湛えている。

ーー69才という年齢も言われてみれば、自分の齢も51となり、おどろくものではないが、過去にまばゆい記憶を与えてくれたヒーローはどこか永遠に死なないものと錯覚している部分がある。

それだけに「あ、ボウイも死ぬんだ」と今回の訃報に際し間抜けな反応をしてしまった。

言うまでもなく、彼の影響は日本でも強く、BOØWYもその名の通り、デビッド・ボウイに影響されたバンドで、そのフォロワーがグレイであり、その他「ビジュアル系」と一括りされるアーチストはボウイに連なる存在と言えるだろう。

さて、来週はたけしさんの69回の誕生日だね。