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希土色の刻

KidocolorOhmichi's Reminiscences

1986年刊 三遊亭円丈著『御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち』に見る「似た光景」

たけし軍団 ビートたけし列伝 一門人間模様 たけし軍団セピア

『御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち』は1986年刊で三遊亭円丈師匠が使命感をそのままぶつけたような、気のこもった本で現在は絶版。中古でしか入手は難しいと思う。

だが自分にとっては今でも格別の思いがある一冊だ。

御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち

御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち

 

ーー自分は入門当時から、落語界に別段興味はなかった。

TV番組の『笑点』を観てはいたが、轟音を立てて巻き起こった「マンザイブーム」を前にした時には「過去の遺物」としか映らなかった。

1985年の夏、談かんに連れられ、お中元を届けにと立川談志宅へ同行し、初めて本人に挨拶した際にも『立川談志』という「人物」を(名こそ知っているが)全く認識しておらず、『笑点』の初代司会者であった事などを後から知り、今さら後悔している。

そんな調子なので『三遊亭円丈』の名さえもそれまで知らなかった。

教えてくれたのは、間接的には殿だ。

ボーヤ2年目の春、いつものように迎えにあがると、殿がこの本を抱えてロールスロイスに乗り込んで来た。本を持って来る事自体はそれほど珍しくはない。

だが普段、不意にネタ帳を取り出し書き込むような姿はあっても、基本的に殿は車内で作業を行ったり、本を読んだりはしない。

読む場所はもっぱら楽屋で、思うに移動時間は貴重な「思索の時間」だったのだと思う。

車が走り出し、ミラー越しに確認すると、後方に流れゆく車窓の景色を見送りながら、いつも思索に耽っていた。

ーーそれがこの日は「貪り読む」との表現がピッタリなほど、この本を一心不乱に読んでいた。「車酔いするんじゃないかな」と心配するほどに。

この日は『元気が出るTV』の短いロケがいくつもあり、移動が多く、車の乗り降りがやけに多かった。

そこで出番待ちの時間と言わず、僅かでも時間が空けば、手元に置いたこの本に食い入っていた。

そのうち、本をなくしたと言い出し、移動中に書店に寄らせ、もう一冊買い求めた上で読み続けて(後から車のシートの隙間から見つかったが)いたほどだった。

 そのあまりに普段とは違う姿に「そこまで今の殿を魅了させる本とはいかなる内容か」と、俄然興味が湧いた。

後から見つかった最初の1冊を譲り受け、自分もさっそく読むと、これが実に面白かった。

内容はタイトル通り、三遊亭の本流である三遊亭円生一門の、落語協会からの独立と新協会設立、そこから円生師匠の死までを追うのだが、何が一番面白いかと言えば、暗躍する三遊亭円楽をはじめとする門下の人間模様である。

ーーたけし軍団の内情と実によく似た光景がそこにはあった。

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例えば『伝家の宝刀』の章55ページだ。

“大体弟弟子というのは、兄弟子に対し、「別にオメエが好きで弟子入りしたんじゃねェ。入門したらタマタマ、オメエがいただけじゃねェか」という気持ちを多かれ少なかれ持っているものだ”

膝を叩いて笑った。

また、同じく57ページ。

“兄弟弟子は、普段円楽のコトを「円楽サン」と呼んだ。普通、噺家の社会では相手が先輩だと必ず何トカ兄さんと呼ぶ。ところが彼を呼ぶときだけ、何故か「円楽サン」と呼んだ。そのコトで円楽は激怒したことがあった!(中略)しかしこのコトがあった後も相変わらず、彼を「円楽サン」と呼び続けた。ナントカ兄さんという言い方の中には、親しみと先輩としての尊敬の意味が込められている”

ーーこれにも感心し「発想は皆同じなんだなあ」と思った。

知られている事かどうか、セピア以上の先輩、10人の「たけし軍団」内にはほぼ「上下関係」がない。

最年長(タカ)から最年少(松尾、ユーレイ、ラッシャー)まで10才の幅があるのだが、10人の仲は「なあなあ」で、そこから下のセピアにだけ極端に「上下関係」を敷いていた。

日頃から「オマエらは軍団に入れず可哀想だ」「運がないんだから諦めろ」などと“俺たちは選ばれた人間だ”然とした事を言われ続けていたから「俺たち(軍団)とお前達は立場が違うんだ」とばかりに、意識的に線引きしたかったのかも知れない。

実に奇妙な状況で、所詮まともな「構え」のない理不尽前提の一門であると、頭では理解しながらも、納得してはいなかった。

しかしセピアもセピアで、新太郎や俺は軍団に対し“兄さん”と呼ぶ相手と“○○サン”と呼ぶ相手を分けていた。

“兄さん”から“○○サン”に、双方の間に起こった出来事で「格下げ」する事もあった。

別に申し合わせをしていたのではなく、個々で自然にそうしていた。

当然後者は嫌いな奴。円丈師匠が書いた通り“兄さん”は「親しみと先輩としての尊敬」を抱いている相手にしか使わないのだ。

絶対的かつ閉鎖的な状況で「上下関係」を強い、それを楯に人を人とも思わないような態度の先輩に対して出来る、数少ない弟弟子の「抵抗」とも言えた。

しかし軍団はそんな「意味合い」には一切気付いてはいなかった。

新太郎と長嶋に至っては独自の「符丁」を作り殿以下一切の人物に「隠語」を振り呼び合っていた。

ーーこの本を読み進むにつれ、俺は円丈師匠に対し強い親近感を抱いた。

普段表立って語る場面は少ないが、殿は落語界に対する動向には、常に強い関心があった。

もちろん殿は俺が気を留めているような箇所には別段関心はなかっただろう。メインテーマである落語協会分裂に至る顛末を、ただ好奇心のまま追いたかったに違いない。

外部の人間にとって、たけし軍団という一門の習性と、その内部の空気感は分かりにくい。

TV等で軍団達が語る話は殿との関係が殆どで、軍団間や内情にはあまり触れない。番組側も(視聴者)もあくまでビートたけしの側面に興味がありこそすれ、軍団自体にそれほど興味はないのだろう。

しかしこの本を読めば、どういった固有の「力学」が働いてるか概ね窺える。

殿から一番可愛がられたいと誰しもが熱望し、顔色を窺い、他を押しのけ点数を稼ごうと張り切ったり、半ば独占しようと意識的な行動をとったり、他のメンバーと常に比較し向けられる愛情の濃淡に胸を焦がす。

そこへの嫉妬や失望が日々渦巻いているーーというふうに。

この本では殿も門下である立川談志師匠に関しての記述があるが、辛辣に綴られてもいる。

ーーしかし俺はこの本を一度読了し、もっと後、終盤に書かれたある場面を、自分に重ね『五体』で読むことになる。

該当する記述は『恩知らず!』の章160ページだ。

ここがこの本の中でも最大の佳境だ。

そして俺にとって最も重要な箇所ともなるのだった。

“この日以後も俺と円生の二人の関係は、表面的には以前と全く変わらず続いた。俺は別に円生を恨みはしなかったし、憎みもしなかった。

また、円生も、あの罵声を少し長めの小言ぐらいにしか思っていなかったようだ。

俺と円生の関係は全く表面上は何の変化もなかった。だが俺の心は、円生を許しはしなかった。今もまだ許してはいない。

ただ、あの心の拷問で俺の円生を思う心が死んでしまったのだ(中略)俺は円生を憎んではいない。円生を恨みもしない。ただ円生を許しもしない”

ーー子細は殿の立場を鑑み書かない。ともかく俺も全くの「個人」として、これとよく似た事態と心境に陥ったのだ。他の誰も知らぬ、完全に二者間の出来事だ。

同じ章の154ページに円丈師匠はこう書いている。

“俺は黙って聞いていたが、聞いてる内にたとえ破門になろうと出ようと決めた。噺家になろうと思ったのも自分の意志だし、円生に入門したのも俺の意志だ。そして出るのも俺の意志なのだ”

この心情は俺の入門時からの意識と全く一にするもので、読んでいて軽く身震いを覚えた。

例えば軍団が酒を酌み交わしながら「俺は何があっても殿について行く」と半ば自己陶酔しつつ語る姿を眺めながら「“ついて行く”などと殊勝に聞こえる事を言うが、自分の意志で入門したなら、その先も自分の意志で決め、独り立ちするのが当然だろう。体よく殿にいつまでも世話になり続けるつもりなのか?それが正しい“弟子たる”姿勢と考えているのか?」と冷ややかな視線を送っていた。

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ーー当時の俺にとっても殿は、身の総てを委ねる絶対的な存在だった。

しかしその前に俺は1人の人間であり、自身の意志と判断によりその人生を歩んでいる。

だから俺も入門時からこう思っていた。

“漫才師になろうと思ったのも自分の意志だし、ビートたけしに入門したのも俺の意志だ。そして出るのも俺の意志なのだ”と。

『師弟』の枠を外して考えるなら『人間と人間の関係』であり、そこで当時の俺はその「心の拷問」を許せなかったのだろう。

ーーその時の俺には怒りもなかった。ただただ胸中は空疎だった。

俺はその時に「殿を念(おも)う心」に自分の中で一つの区切りを付けた。

今でも尊敬しているし、あの時代の体験はすべて誇りで、心中では「おやじ」と呼んでもいる。殿の活躍を見ることは自分の喜びに等しい。

ーーきっと殿は今ではあの時の事はすべて済んだものと思っているに違いない。しかし今も俺はその事を決して忘れる事が出来ない。

俺はその日は眠れぬまま、マンションの屋上で朝日を仰いだ。

そして時間が経つ中で、ようやく空疎を乗り越え、ひんやりと澄みきった心で思った。

「これは殿から離れるべき時が来たのだ」と。

それまで、何度もボーヤ交代(俺の事を考えて)の話が出る度に懇願し延長を繰り返し2年近くも傍にいた。

じっさい、学ぶべき事柄は夥しく、その意欲が尽きる事はなかった。総てに捨て身で、大げさではなく命を張る念いで挑み、無我夢中で盡(つく)す喜びを感じる中で、結局は殿の人柄と魅力から離れる事が出来なくなっていたのだが、まさかこんな形で『時』が来るとは予想していなかった。

もちろんこれら俺の心情に関しては殿も軍団も知らない。

単純に俺がボーヤを終えたので、コンビを組み、相棒を殿に紹介し、世話になった番組関係者各位すべてに礼と挨拶をし、恙なく離れたとしか思っていない。

これは自分で決める事だと思ったし、相談の必要はない。ともかく俺はこれらの決心をした。

実際には切り出すタイミングを窺う期間があったが、もう一つ決定的な出来事があり(子細は別の機会に譲る)この事もあり、その翌日に意を決し具体的な行動をとった。

この時は総てを決めてから大阪百万円とラッシャーにだけは打ち明けた。

各位へ挨拶を終えた、本当の最後に最も世話になったラッシャーへ挨拶をしたが「お前、すごいな。よく辞められたな」と言われたがこれは実に深い言葉だ。

そう、皆「辞めることが出来ない」のだ。決して良い意味ではない。

 

ーーこの本では最終的に円生師匠が亡くなり、三遊亭の「本流」は潰えてしまう。

一門は散り散りばらばらとなり、他の門下へ世話になったり、落語協会の預かりの身となった。

果たして、ビートたけし亡きあとのオフィス北野はどうなるのだろうかと、つい案じてしまうのだ。

俺はこの本で感動し、芸人として成功した暁には円丈師匠にこの本での感動を直接伝えたいと思っていたが、今となっては時間も限られているだろうから、シロウトの身でもいいので近々、なんとかして会いに行きたいと考えている。 

ーー話は変わるが、人生には数奇な出会いがあるもので、この本の中に「三遊亭楽太郎」で登場する6代目三遊亭円楽師匠とは数年ほど前に、とある人物を介して知り合い、一時期は年末年始の宴席で場を共にし親しくさせて戴いた。

もちろん円楽師匠は今でも俺の出自を知らない。知ればとたんに状況は面倒になるし、現実的に今の俺は正真正銘のシロウト、一般人だ。利害なく純粋な人間関係を深めたのだ。

それにしても物事には一つ一つ意味がある。今振り返ると心からそう思う。

このように自分にとっては思い入れの強い書であるが、ビートたけしが一体何に興味を抱いてきたのか、より深めたいと考える者にも一読の価値があるだろう。