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希土色の刻

KidocolorOhmichi's Reminiscences

春一番が語っていた“ビートたけしの格好良さ”

春一番と毎日のように遊んでいた頃、彼の言葉で今でも記憶に残っているものがある。

ーー彼は殿を尊敬していた。

もちろん彼は本来、片岡鶴太郎の弟子なのだが、彼は日頃から「鶴太郎が死んでも泣かないが、猪木さんが死んだら俺も死ぬ」と明言していたように、完全に『猪木信者』で、鶴太郎さんの事は「鶴ちゃん」と普段から呼んでおり、厳格な『師弟』の在り方とはひと味違っていたようだ。

翻って芸人では彼にとって殿は完全に『別格』の存在だったらしい。

彼はのちに願い叶って『お笑いウルトラクイズ』に出演するのだが、その前の時期、彼は酒を酌み交わしながら『ビートたけしの格好良さ』を陶然としながらいつも語っていたものだ。

恐らく『おれたちひょうきん族』での事と思うが

「殿は現場のリハーサルでは髪が完全に寝起きのまま(要は寝癖がひどい)平気で姿を現すんですよ。そこへまぶしそうな顔をしながらタバコを喫っている姿が、本当に格好イイんですよねえ。ホント格好イイ。鶴太郎なんて、リハでもなんでもいちいち髪型を気にしてて。ダメなんですよねえ」

少々変わった感性の彼なので「妙な所に感心するんだなあ」とその時は話を聞いていた。

殿はとにかく自分の事に関しては面倒くさがり屋で、いつも「手を抜いても構わない」部分はバッサリと気にしないので、俺はいつも「まあそんなもの」と普通に捉えていた。

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やがて、自分も人生経験を重ねる中で、そんな彼の言葉の数々をときおり反芻していたのだが、ある時不意に“彼の感じたもの”がわかった気がした。

自分も自身にとって『師』と呼べる人物は殿をはじめ数人いる。その界隈ではそれぞれに成功を成している人物だ。

そんな『師』と、その他様々に出会った『一流の人物』にはある共通点がある。それは

一流の人物は、どうでも良い事については全く無頓着だが、“ここ”と言う部分では一切妥協せず、全身全霊でことに当たる。

ダメな人物は、どうでも良いことばかりに気をとられ、“ここ”と言う場面なのに中途半端で対応が甘い。

ということだ。

春一番は、殿がリハーサルなど格好を気にする必要がない場面では全く無頓着で、いざ本番ではキッチリと見事な仕事をしてみせる姿の『差』にプロフェッショナルを感じ、それは、例えば身なりこそ粗末な浪人が滅法腕の立つ剣豪だったような『格好の良さ』を感じていたのかも知れない。

 

 

元気です!!!

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