希土色の刻

KidocolorOhmichi's Reminiscences

秋山見学者の記憶

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「大道さん。こんなのが出てました」とわざわざ教えてくれた奴がいて、この記事を知った。

秋山は芹沢とほぼ同期。

それも当たり前で、ニッポン放送の出待ちで弟子志願者同士仲良くなって、芹沢が先に紛れ込んで、秋山と連絡を取り続け、芹沢の手引きで、日テレに出入りさせ、便所の個室前に待ち伏せして土下座で直訴した男。

俺はこういった手段を選ばず、場所をわきまえない、要は気を遣えない人間が一番嫌いだ。

「弟子入り志願」という自分にとって肝心で厳粛な場面で「何でもあり」と考える下品な姿勢。

個室の前で待つなど、どういった了見だ。

尊敬している相手の事も考えられない程度なのか。

芹沢も勘違いが甚だしい。これが友情とでも思っているのだろうか。

この2人は揃って役者くずれで口が軽く、それが原因で面倒な目に遭わされた事が多く俺の印象は良くない。

ーー当時は殿の配慮で軍団に太田出版から本を出版させる流れがあった。

俺はと言えば、とにかく当時「ビートたけし」の名で露出や世話になる事を避け続けた。

唯一、求めるモノはボーヤで勉強させてもらう事だけにしたかった。

それだからTV出演も途中で外してもらった。本を出すなどとんでもない。

ーー秋山の本には俺の事が悪く書かれてある。

当時の俺は、甘えて、なっちゃいない奴には厳しかった筈なので、良く書かれる筈がないだろうが、秋山は1つだけ思い違いしている事がある。

それは秋山見学者という名前は俺がつけたと言う事実だ。

秋山は当時、入門が認められたのかどうか曖昧な状態で、見学は許され軍団周辺をうろついていた。

日テレの特番で、出演者を順番に殿や軍団、局のスタッフと共に楽屋で確認している時に「あいつ何だっけ?」と秋山の話が出た。

俺は「ああ、見学に来ている奴ですね」と言った。

「名前は?」と聞かれ、

「確か秋山とか....だから秋山見学者で良いんじゃないですか?」

その場は妙にウケ、爆笑になった。そこで台本に書き込まれた名が「秋山見学者」だった。

秋山は本に俺に事を悪く書こうと、自分の名付け親はまさかその嫌いな俺だとは今の今まで知らないのだ(笑)

秋山は片足が悪く、走るとピョコピョコとかなり大げさにビッコを引くので「ビッコ秋山」ものちに検討されたが、それは放送禁止だし、浅草キッドブラザースと一緒にたけし城に挑戦者として出演していても足元がどうも画(え)的に具合が悪い。

たけし城の控え室で殿や軍団と「アイツ足悪いのか!?」という話になり、秋山を呼ぶと遠くからピョコピョコやって来て、皆が笑いをこらえた(ひでー話(笑)

「秋山だけ足元にモザイクかけますか」と俺が言うとこれも妙もウケた。

その後、本の通り芹沢の後を継いでドライバーになった秋山だが、当時島田洋七師匠のボーヤだった池田が俺と仲が良く、殿と洋七師匠は親友なので一緒に遊びに行くことが多い。

だから池田から秋山の事があれこれ耳に入った。

「大道さん。秋山さん勘違いしてまっせ。あれはまずいのとちゃいますか。なにかと自分が選ばれた人間みたいな話を散々聞かされて、かないませんわ....」

その話の通りに秋山は勝手に殿の車を乗り回しバレた事もあった。どうも女に良いところを見せようとしたらしい。

また、ドライバーで多少小遣いを貰えるようになると「僕だけお金をもらうのは申し訳ないので、浅草キッドブラザースや他のメンバーにもお金をあげてもらえませんか」と直訴に来て、殿を大いに呆れさせた事件も記憶に新しい。

まあ、浅はかでくだらない男だった。

それでも映画にも出演できていい思い出だったんじゃないのか。

ーーなんだか秋山の事を散々に書いたが、俺のブログはこんな事を書くためのブログなのでね(笑)